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今日は家でこんなことやってみた

一日一投稿を目標に、最近始めた料理をメインに公開中。

02/11 30代を過ぎると「時間が早く流れる」説

その他

料理をつくれていないし、やることがあるなら

さくっと記事を書いて、また後日書けばいいという考えもあるけれど、

ブログを書きながら頭を整理したいという思いがあるので、

今日は以前から興味のある「時間の感じ方」について、

今一度考えてみる。

年をとるごとに、時間が経つのを早く感じる、というのはよくいわれることで、

子どものときよりも、大人になってからの方がぐっと早く感じる、という話はよく聞く。

これについての私の意見は

「日々新しいことをしなくなると、時間を早く感じるようになる」

だった。

日々の行動と時間の感じ方がどう関係するのか。

たとえば、子どものときは、未経験のことが多く、毎日たくさん学んだり、新しいことを経験するが、

一方大人になると、毎日行うことの多くがくりかえしばかりになる。

それは、脳みそにとって、子ども時代は

『どう対応したらいいのか』がわからず、試行錯誤が必要なときが多く、

その行動に脳みその意識がいっている時間が長くなることになる。

一方、大人が日常経験するような慣れきった行動に対して、脳が注力することは多くないので、

身体が動いていても、脳はさほど働いていない時間が発生する。

すると脳みそからすると、

「⚪︎⚪︎をしていたから時間は経っているが、自分はなにもしていないぞ」

「なにもしていないのに時間が経った」

という解釈になる。

そこで「時間が経つのが早く感じる」という現象が起こるのかなと思う。

私自身は「年をとるごとに、時間が早く流れる」という事象には

なるべく抗いたいという考えをもっていて、

できれば「ああ、今年も一瞬であった(侘)」という感想を持つよりも

「今年も終わってしまったけれど、いろんなことができたなぁ(沁)」

という一年になるように日々を過ごしていきたいと思っている。

この現象については、実は、

自分はほかの人よりもその状況になりにくい性格なのではないかと

少し楽観的にとらえていた。

それはどういう性格かというと、

・ルーティーンが好きではない
 →同じことを繰り返さない。新しいことを取り入れることが好き

・ひとつの物事をするのに時間がかかっても、納得する道を選びがち
 →いちいち理由を探しながら作業しているため

のような二つの特徴があげられると思う。

このため、私は往々にして、ほかの人がやるよりも

いつも時間をかけてなにかをやっている、もしくは

ちょっとした新しいなにかを、これまた時間をかけてやっている、

ということが多く、

「人と会う予定がないと暇」という現象はほぼ起きない。

きっとほかの人が見たら「まだやっているの・・・」となるだろう。

さて、少し話が脱線したが、言いたかったことは、

先に挙げた性格によって、

「常に脳みそがなにかを学びながら行動しているため、

実質子どもが学びながら成長している現象と大差がなく、

結果的に時間の流れは大きく早まらない」

のではないか、ということだった。

(「むしろ子どもと変わらんやん」というツッコミには笑顔で返すしかない)

さて、長くなったけど、ここからが本題。

ここまでは、いままで自分が思っていたことだったのだけど、

最近、人から「(年をとると)時間が早くなるよ」いわれたことをきっかけに

再度この現象への記事を少し読んでみたところ、新しい情報を発見したので、

実はそれをブログで書きながら整理したかった。

それは「時間の感じ方が年齢を経るごとに早く感じるのは、

心理的』な時計の針が、遅く進むから」ということ。

・・・時計の針が遅く進むのに、時間を早く感じる?・・・

記事を読んで、すぐに理解できなかったが、おそらく次のようなことだと思う。

人間は、体内時計というか、実際の時計とは別に、自分の中にも時計をもっている。

それが年をとるごとに、少しずつ秒針が遅くなっていく。

たとえば、実際の1分を、そのとおり60秒で認識しているAさんと、

1分たったときに、自分の中では45秒とカウントしているBさんがいたとする。

早さの違う体内時計をもった二人が一時間をどう感じるかというと、

あえて式をちゃんと書くと、

Aさんは、60(秒)×60=3,600(秒)

Bさんは、45(秒)×60=2,700(秒)

となる。

これは、Bさんにとっては、2,700秒しかたっていないのに、時計を見ると

一時間経っていることになる。

よって、

「自分が数えていた時間よりも、時間が経っている」

という現象が起こり、時間が経つのが早く感じる、ということになる。

これが時間の経過とともに、本当に体の中で起こるなら、

個人の性格がどうあれ、きっと巷で言われている

「⚪︎⚪︎歳を過ぎたら、時間がどんどん早くなるよ」はきっと真実で、

避けようがないのかもしれない。

生物的な時計の針が、加齢とともに徐々に遅くなったとしても、

なにも不思議はないだろうと想像する。

それにささやかな抵抗をしたいと思うなら、

新しいことに挑戦したり、環境を変えてみたり、

という行動を起こすという方法をとることになるのだろうか。

また、もしかすると、それに関係あるかもしれない情報がもうひとつある。

それは、手相の生命線の読み方が、30歳を越える頃から

幅に対して、時間が経つのが早くなっていくということ。

流年のとり方〜生命線〜

均等に年齢に対して、線の長さが当てられているのではなく、

徐々に短くなっていくことは、不思議だが、

もしこれが「心理的時計の早さ」の遅れが生じることの表れだとするのも

ありえない話ではないのかもしれない。

ということで、私のこの問題への結論は、

「ひとりの人間に注目したときに、時間の感じ方が、個人の行動を問わず、

年を重ねるにしたがって、少しずつ早くなることは

避けようがないらしい」ということ。

それを知った上で、私にできることは…

少しでもできることを増やす、

少しでも短い時間で作業を終える、

ということだろうか。

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