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今日は家でこんなことやってみた

一日一投稿を目標に、最近始めた料理をメインに公開中。

02/24 エンジニアとアーティストとデザイナー

身の回りの出来事や、ここで受講しているコース、

かつ自分にできることを考えると、上記の違いに関心が向くことがある。

いまはまだしっかり考えがまとまっていないけど、

それぞれ向いている人がいて、

エンジニアはちゃんと出来上がることに重きを置き、

アーティストは自分の表現を追求し、

デザイナーは問題解決のために思考するのかなと

漠然としているが、違いを感じている。

日本で混同されがちなのが、デザイナーとアーティストだろうか。

デザインの仕事に興味のある人が、アーティストの仕事を見て

「自分にはデザインはできない」とあきらめてしまうパターンはあるのではと思う。

逆もしかり。デザイナーは、自分の好みを推し進めるものではないだろうから、

自分の表現したいことがしっかりある人には

あまりあわないかもしれない。

私が大学を受験しようとしていたときには、

デザインするのは楽しそうだというのを学校紹介の冊子を見て思っていたが、

まわりと相談しているうちに、

建築士の受験資格が得られる工業系の大学の方がいいのではという判断になり

そちらには通わなかった。

もし通っていたら、その後の進路はがらっと変わっていただろうと思う瞬間のひとつ。

建築学科で、よくわからないながらもがんばって授業を受けていた私は、

最終的には、建築が「ほぼ嫌い」になり、就職は異業種に進もうかとしていたくらいだった。

縁があって就職したところは、

(建築がよくできる子、が主に採用されると思っていた)建築事務所(というカテゴリー)で

「非常時に部屋の利用者が安全に避難できるレイアウト」を考えるという

デザインともいえるが、外観のデザインを考えるものではなく、

建築の分野だが意匠とも構造とも違うという、

なんとも説明のしにくい仕事をしていた。

そこで数年お勤めしてから、紆余曲折あって、いまは大学で、

大学生と大学院生の間にはさまって、

学位を取得せずに授業だけ取っている、学生じゃないけどデザインの勉強中、

という、これまた曖昧な立場で在籍している。

一度建築学科で学士を得ている私にとっては、

自分が大学生で、右往左往していた頃に比べると、

確実にできることは増えていて、課題ひとつを考えるときでも、

・実際に自分がつくるところを想像できるか(技術に無理はないか)

・大きさはどれくらいなのか

・自分の意図していたことはちゃんと機能するのか

など、絵だけが先行していただろう大学生の頃よりも

きっとできることは増えていて、

先生からほめてもらえる(そもそも否定的な意見はいわないだろうけど)ことも多いように思う。

特に「寸法への意識」は、院生でも建築を勉強していない人にとっては

向けるのが難しいらしく、苦しいながらもがんばって卒業してよかったなと思っている。

こういう考えは、「エンジニア」として勉強や

仕事(肩書きがエンジニアだった)をしてきたから培われただろうもので、

選択肢にあった芸術系の大学に進んでいれば、

表現の幅は増えただろうが、おそらく道は

「アーティスト」に近いものになっていただろうと想像する。

ところで、問題解決という意味でのデザインは、

私は日頃からいろいろなことにプチトラブルを抱えていたおかげで、

毎日のように考える練習をしていたと思う。

自分にとっては、解決方法を考えることはパズルのようなもので、

わりと楽しく取り組んでいた。もしくは、いまもあまり状況は変わらず、

なにか新しいこと、自分がスムーズにできないことにぶつかったら

よりスムーズにできる方法はなにかをいつも考えている。

そういう意味では、デザインを扱う分野で勉強することには

いい意味で、自分にはあまり無理はないのではないかと思っている。

こういう土台の上に、これからなにを重ねていこうかと、

四月下旬の大学院への申請に向けて、

どういう学部を選べばいいのか、少し悩んでいる。

もしくは、やや足踏みしている。

最終的なゴールを考えたとき、

専門性を追求して、ひとつものすごくとがった能力をもつことより、

多様性を重視して、広く知識と視野を持っている人間になりたいという気持ちが近い。

複数の立場でものを考えられる人間でいたいと思っているから。

また、もしひとつのことに集中して深くその分野を極めようとすると、

自分の生活が完全におろそかになるか、

そこまで集中力がもたず、結局ほかのことに関心が向いて、推敲できない、という可能性が高い。

もしひとつのことを追い続けるなら、

ほかのことをおろそかにしてもいいほどの環境を保てるような誰かと出会うか、

「つまみ食い」が許される環境に身を置くかのどちらかがだと思うが、

自分の性格を考えると「つまみ食い」はやめられそうにないので、

勉強中もそのための「余白」はほしい。「余白」がよい影響を与える部分もおおいにあると思う。

これからなにを勉強として重ねたら、一番自分に「スムーズ」なのか、無理がないのか。

「これがやりたい」という気持ちだけではなく、

「一番軽い負担で重ねられるものはなにか」という判断も重視したい。

どこまでいっても私の関心は、

ものごとをいかにスムーズに運ばせるか、

そして「そう運ばせたい」という方向性にあって、

ぴったりはまるパズルのような解決が理想的なのかもしれない。

でも市販のパズルや数学には「答え」があるが、

現実のパズルには、答えがない。

ないことが、いつまでも自分に「もっとよい答えはなかったのか」と自問させることがあって、

それが少し負担だった部分もたぶんあったけど、

いまだったら、もう少し厳しく考えすぎずに付き合えるかもしれない。

建築とも、もうちょっと上手に付き合えるかもしれない。

まずは、申請を目指して、ちょっとがんばる。

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